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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(行ツ)79号 判決

上告人 医療法人 財団健康文化会

右代表者理事 高亀昂二

右訴訟代理人弁護士 安達十郎

被上告人 東京都板橋都税事務所長 磯部知次

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人安達十郎の上告理由について

地方税法七二条の一四第一項但書の規定は、そこに定める医療法人等について事業税の課税標準を算定するにあたり、当該年度における右医療法人等の社会保険診療部門の収支が赤字であるか否かを問うことなく、同部門からの収入を益金の額に算入せず、また、同部門の経費を損金の額に算入しないことを定めたものと解すべきであり、このように解したからといって、直ちに、医療法人等の事業税の税負担の軽減をはかろうとする右但書の規定の趣旨と相容れないことになるものではない。それゆえ、これと同旨の原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見地に立って原判決を非難するものであるから、すべて採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 本山亨)

上告代理人安達十郎の上告理由

第一点理由を付さない違法

一、原判決は、上告人が昭和五〇年一一月二七日付準備書面第五項において、但書を第一審判決のごとく解釈することは著しく公平の観念に反し、公平の原則をもその内容とする租税法律主義を定めた憲法第八四条に違反するものとなる、旨主張したことに対し、何ら判断を示していない。

原判決は、「なお、本鑑定と異なる解釈に従い本件医療法人が課税されるとするときは、社会保険関係を有する医療法人に対して同関係を有しない医療法人の場合に比して憲法論上認容できない不合理な差別を行うことになる。それゆえ、本鑑定と異なる解釈はとうてい合憲的解釈とはいえない」との趣旨を内容とする甲第一号証につき、「……甲第一号証中これと異る趣旨の見解は当裁判所の採用しないところであり」と判断しているのみである。上告人は右甲第一号証とは異なる趣旨の憲法違反を主張しているのであるから、右甲第一号証につき判断しただけでは上告人の主張に対し判断したことにはならない。原判決には、この点において理由を付さない違法がある。

二、上告人は原審において、医療法人と公益法人、人格なき社団等との公益性の異同につき論じ、地方税法第七二条の一四第一項但し書の解釈適用については、医療法人と公益法人等とを差別的と取扱うべき根拠は全く見出すことができず、とくに、上告人のように租税特別措置法第六七条の二に基づく特定の法人たる場合にはいっそう差別的に取扱う根拠がない旨主張をした。しかるに、原判決は、「……地方税法の上で公益法人等とでは法人事業税の課税標準の算定に関する規定を異にする医療法人に対し右通達の趣旨を及ぼすべきものということはできない」との意味不分明な判断を示したのみであって、上告人の右主張に対しては何ら実質的な判断を示していない。原判決はこの点においても理由を付さない違法がある。

第二点理由齟齬

一、原判決は、第五〇八一号通達及び第五〇〇号通達は公益法人等が行う医療保健業についての法人事業税の課税標準の算定に関する取扱いを定めたものであって、地方税法第七二条の一四第一項但書の解釈に関するものではない、旨判示している。ところで、原判決は他方、第九九九七号通達が「但書の規定の立法趣旨は公益法人等が行う医療保健業にも当然あてはまるものと考えられ」て出されたものであることを当然のこととして理解している。つまり、通達は但書の解釈適用のために出されるものであることは自明のことであり、原判決もそのように理解しているのである。そうして、原判決は「現行法上問題があるため」第五〇八一号通達によって第九九九七号通達を修正したことも認めている。通達が但書解釈適用に関するものであることは、原判決の自認するところなのである。しかるに、原判決は上告人の主張を排斥する段になるに、右のように通達は但書の解釈に関するものではない旨判断を豹変するのである。この点、原判決には悪意なる理由齟齬があるといわれてもやむをえないであろう。

二、原判決は「その後右第五〇八一号通達の趣旨は昭和四五年五月一日東京都主税局長通達第五〇〇号に引継がれていることが認められる」と判示している。

第五〇八一号通達の次に第五〇〇号通達が出され、前通達の趣旨の一部が後通達に引継がれていることは事実である。しかし、後通達により、前通達の趣旨の一部が変更されたことは明らかである。即ち、前通達は課税標準が法人税の所得をこえ、または欠損金に満たないときは地方税法第七二条の一四第一項本文に立ち戻ることを認めたものであるが、後通達は欠損金に満たないときについての本文立ち戻りを認めていないのである。原判決はこの差違を曖昧にしたうえ、漫然引継と判示し、上告人の主張を排斥しているのである。

原判決は、この点において理由齟齬があるとともに、通達の解釈適用を通じて但書の解釈適用の誤りをも犯しているといわねばならない。

三、原判決は「地方税法の上で公益法人等とでは法人事業税の課税標準の算定に関する規定を異にする医療法人に対し右通達の趣旨を及ぼすべきものということもできない」と判示する。

しかし、右判示の意味するところは不明である。課税標準の算定に関する規定を異にする、というのは何を意味しているのであろうか。公益法人等には但書適用の明文がない。この意味では公益法人等と医療法人とでは課税標準の算定に関する規定を異にしているといえる。原判決はこの点をいうのであろうか。もし、そうだとすると、原判決は公益法人等については明文がなくとも立法趣旨から但書を適用すべきものと判示し、課税標準の算定については医療法人と同様に取扱うべきことを是認しているのであって、両者は「規定を異にしない」ように扱うべきものと判示しているのであって、「異にする」ところはない。あるいは、原判決は公益法人等は公益性が強いから、但書適用のうえ、不合理のある場合はさらに法本文に立ち戻るべきであるとの趣旨であろうか。もし、この意味であるとすれば、医療法人とくに特定医療法人の公益性は公益法人に劣るところはなく、少くとも人格なき社団のそれに優っている、と上告人は主張しているものである。原判決はこの点について明確な判断を示すことなくして、右の趣旨の判示を正当化することは許されない筈である。ところが、前述のとおり、原判決は上告人の主張に対する判断を回避し、黙して語らないのである。

結局のところ、原判決の前記判示は意味不明、体をなさないことに帰するのであって、原判決には理由齟齬の違法があること明らかである。

第三点法令の解釈適用の誤り

原判決は以上述べたように、理由を付さない違法、理由齟齬の違法を犯したうえ、但書の解釈適用を誤り、上告人の主張、請求を排斥したものである。

地法税法第七二条の一四第一項但書は、上告人が第一審及び原審において主張したとおり、医療法人につき、社会保険診療等につき所得ある場合にのみ但書が適用され、右につき欠損金の生じる場合は本文が適用されるものと解すべきである。そのように解すべき理由は、上告人が第一審及び原審において述べたとおり、但書の立法趣旨が社会保険診療等をする医療法人の税負担を軽減する優遇措置として規定することにあったこと、但書を形式的、文言通りに適用すると、法人税が課せられないのに、事業税が課されるという事態が生じ、そのことが右の立法趣旨と著しく矛盾するに至ること、但書を被控訴人主張のように解釈することは、結局社会保険診療を非課税事業とするに等しくなるのであるが、法は非課税事業として規定する方法をとらずに医療法人の税負担を軽減するため但書立法の方法をとったものであること(医療保険業の一部分である社会保険診療業を区分して、これを非課税事業とすることは立法技術上可能なことであり、そのよう規定の仕方は他にみられるところである)、公益法人等については但書を適用する明文はないが、行政当局は但書立法趣旨に従って公益法人等についても通達によって但書を適用していること、しかも、行政当局は第五〇八一通達にみられるように、社会保険診療について欠損金の生じた場合は、公益法人等については本文の適用へ立ち戻っていること、医療法人とくにいわゆる上告人のような特定医療法人は公益性において公益法人に劣るところがなく、人格なき社団よりは公共性が高いのであるから、公益法人等についての右の本文への立ち戻りは医療法人にも適用されるべきものであること、但書を上告人の主張のように解することは地方税法第六条の趣旨にも適合していること、但書を被上告人主張のように解釈適用する場合社会保険関係を有する医療法人に対して同関係を有しない医療法人の場合に比して憲法上容認できない不合理を行うことになること等々であって、原判決がこれらの点について充分な配慮検討をしたならば、当然、但書を上告人主張のように解釈し、これを本件に適用して上告人の請求を認容すべきであったのである。

しかるに原判決はそのような配慮検討をなさず、前記のとおり理由不備、理由齟齬の違法を犯したうえ、但書の解釈適用を誤り上告人の請求を排斥したのである。原判決は破棄を免れることができない。

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